FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人民の蝋燭(2)

Tiistai, Helmikuu 9

kansankynttilä の英訳を見つけました。

a candle for the (common) people
enlightening candle for the community
candle-light guiding the people

意味するところを表そうと努めている跡がうかがえます。
いずれにせよ、the (common) people は政府や特権階層を含まない概念ですから、「人民の蝋燭」は正しそうな気がしてきます。または「民衆の~」といったところですね。

こちらの人にちらっと聞いたところ、古くは村々の小さな学校の教師がこのように呼ばれたようです。事務のおばさんや他の研究者たちとの昼食中に尋ねましたが、そのときはこちらへの注目度が急上昇でした(笑)。みなさん、なんだか嬉しそうな照れくさそうな顔をしていましたね。


さて、超簡単なフィンランド近代史です。

長らくスウェーデン王国とロシア帝国に支配されていたが、ロシア革命時に独立。1918年共産主義国家樹立。外国の介入もあって内戦が起こり1919年にはすぐに共和国となる。

1921年初等教育の義務化。各村に学校が設置され、教師が kansankynttilä となる。それ以前は、主に教会が読み書き教育を担う。

第二次大戦時はソ連に侵略される(冬戦争)も、どこからもほとんど支援を受けられず。民衆が「火炎瓶」と「銃」で抵抗し、なんとか停戦に持ち込んだが相当な国土を失う。ちなみに、一部の方は知っているであろう言葉「モロトフ・カクテル(=火炎瓶)」は、このとき「(ソ連の)モロトフ大臣に捧げる特製カクテル」という皮肉を込めて、この戦争でそう呼ばれたことに由来する。

他国にそっぽむかれるから「対ソ」ということでナチスドイツに接近。すると、ドイツが「勝手に」ソ連に攻め込む。またまたソ連の空爆を受けて対ソ戦争勃発(継続戦争)。後に国内でドイツ軍と戦い、北部の町は焦土化。

しかし「親ドイツだったことがある」ということで「ソ連の侵略に対するものだった」という主張は受け入れられず。日本と同じ枢軸側として敗戦国扱いにされ、賠償金を支払わなければならなかった上、マーシャルプランも受けられず。明らかに、米ソ冷戦構造に向かう中で切り捨てられている。

戦後は、東と西の狭間で、資本主義国でありつつ、ソ連との友好外交の維持に努め、かつソ連の進駐もさせない、という独自の道を歩んできた。
・・・

そんな歴史の中での「人民の蝋燭」。厳しい自然と対外関係。独自の道・生き抜く為の道を模索するための、灯火。

特に初等教育における教師を指す、ということが興味深いです。道を説くとか、大袈裟なことを指導するとかではない。さまざまな局面に向き合ったとき、個々人が生き抜いていけるようベースを身につける力添えをするという位置づけ。個人主義の国らしいですが、知恵を持ち、問題解決能力を持った個人個人をきちんと育てることが重要であるという考え方であることが伺えます。

それこそ、戦後は特に絶妙なかじ取りの中で独立独歩の国作りをしてきたわけですが、このような教育無しにそれはなしえなかったのではないでしょうか。そういえば、一昔前に「知の技法」という東大教養のテキストが話題になりましたね。読んだことはないのですが。

「蝋燭」という言葉も良いです。押しつけがましくなくて暖かい。そもそも蝋燭はフィンランドの生活に根差した文化で、蝋燭消費量は世界一らしいです。実際にどこに行っても見かけるし、スーパーで売っている量もとても多い。家々の前に置かれた蝋燭が、雪の中で、周りの雪を少しずつ溶かしながら、静かに輝く様は、とても優しい温もりと美しさを感じされられます。・・・友人の中には、僕が部類の蝋燭好きであることを知っている人もいるはずですが(笑)

P1090012_convert_20100210065626.jpg


一方で、このような歴史があって、銃規制が甘かったり、徴兵制があったりする面もあるんですよね。

銃規制については、習俗としての狩猟が盛んであるために甘いという側面があります。そのため銃未登録保持への罰則もきわめて緩いそうです。たしかスピード違反並み。しかし、これには、かつてのソ連侵攻に対して民衆が銃を手に立ち上がったという思いも中にはあるらしいです。ただ、昨年末しかり、ここ数年銃による殺人事件が相次いでいます。そのため、今後はその管理や罰が厳格にされていくべきだとヘルシンキ新聞に書いてありました。

また、ロシアへの感情についても面白い話を聞きました。今でもかつてフィンランド人が住んでいた土地の一部はロシア領であるわけで、負の感情を抱くことはあるようです。一方で、国境に沿って、フィンランド側はほとんどの森林が伐採されてしまったのに対し、ロシア領側では開発が進んでおらず原始の森が残っているそうです。そのため、アンビバレントな感情を持ったりするらしいです。


次回は、できればもう少し学校教育的な話を。

テーマ : 北欧
ジャンル : 海外情報

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

改めて思うけど、人民の蝋燭っていい言葉だな。
僕はあまりいい生徒じゃなかったので、
いつも教師にいろいろ言われたけど、
全然心にひびかなかった。
たぶん、蝋燭のような感じで押しつけがましくなく、
道しるべを示すような感じで言われていたら、
もう少し素直に聞けたかもしれないと思う。
フィンランドの教育が受けたかったなと少し思う。
でも、フィンランドに生まれていたらいたで、
日本とはまた別の苦労があるんだろうな。

フィンランドの歴史の話ありがとう。
こうやってフィンランドの歴史を知ってくれる人が増えてくれると嬉しいね。
戦時中の大統領だったリチという人が僕は好きだ。
調べてみると面白いよ。フィンランドの英雄はマンネルヘイムだけじゃないのです。

No title

フィンランドの歴史の話ありがとう。興味深く読みました。日本と同じく第二次大戦後は枢軸国(敗戦国)側の一員として賠償金を払わなくてはならなかった、ということも初めて知りました。ヨーロッパの国々はどこも多かれ少なかれ、隣り合った地域とのせめぎあいの中でどうやって生き抜くか模索する中で外交と平和について学んでいくんだろうな。やはりその切実感が違うよね。東西間にあって、ソ連の駐留も許さず、独自路線を貫いてきた、なんてスゴイね。その外交術から学ぶべきことがたくさんありそうですよね。

No title

> ひろちー

こっちの学校教育の実態は何とも分からないけど、少なくとも教員への上からの押さえつけや監視は一切ないらしいね。その分、教員の一人ひとりの生徒に対する責任感というかプロ意識みたいなものは相当に高いらしい。
ひろちーがフィンランドの歴史に興味を持ったのは、何かきっかけがあるの?詳しいよな~。リチが好きだ、と言う(と言えるくらい知っている)日本人もいないよね~。マルネンヘイムは冬戦争の英雄だけど、その前の内戦の時は、白軍を指揮していたんだっけ?

> momoさん

感想ありがとう。僕もフィンランドが枢軸国扱いだったことすらこっちへ来るまで知らなかったんだよね。知ろうとすればするほど、一筋縄ではいかないヨーロッパの歴史について、とまどいを含めて考えさせられます。

No title

>salisalix
ネットで第二次大戦のフィンランドの奇跡的な奮戦と
苦しい外交についての文章載ったサイトをたまたま見付けてね。
そして、それまでフィンランドがどういう歴史を歩んできたか、
そして戦後どんな歴史を歩んできたか興味を持って、
本やネットでいろいろ調べたんだ。
リチ知ってるんだ。なんかうれしいな。
今のフィンランドの人は彼をどう評価してるのかな?
マンネルヘイムは独立直後の赤軍と白軍の内戦では、
白軍の総司令官だよ。

No title

> ひろちー

今度誰かにリチの話、聞いてみるよ~
プロフィール

salisalix

Author:salisalix
進化・生態学の研究者(ぽすどく)。フィンランドで修行中⇒帰国。現在、トーキョー・キョート・シガをうろうろ

最新コメント
最新記事
カレンダー
09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
Joensuu Now
Click for ヨエンスー, フィンランド Forecast
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。